間違ったことを教えられると
それを打ち消すためには
学んだ時間とエネルギーの
少なくとも3倍以上かかることは
科学的な実験から証明された。
学校は今や
<学ばない自由>を教えない危険な場所だ。
<学ぶ自由>だけが生き残ったのは
教育システムが
<権威からの離脱と服従への拒否>
を自ら排除してきた結果だ。
人類の数百万年間にわたる
無知と好奇心、そして飢えが
学習システムを形成したのだが
<学ぶ自由>と<学ばない自由>
は教育システムから完全に分離された。
<学ぶ自由>と<学ばない自由>は
機敏な生得的なメカニズムから生まれる。
相補的な2つの自由は
学校に行く前から獲得されているからこそ
こどもにとって学校は
もっとも危険な場所なのだ。
東北のある地方の隠れキリシタンの里が物語の舞台。「はなれ」と呼ばれる集落には、独自の創世記が伝わっている。それによると、太古、人間は楽園で暮らしていたが、禁断の果実を食べた咎で「でうす」の怒りを買い、楽園を追われたという。このうち「あだん」と「えわ」の夫婦は知恵の木の実を食べたが、もう一人の人物「じゅすへる」は生命の木の実を食べたという。このため「じゅすへる」とその子孫は神と同様に不死身となり、この事を憂えた神は「いんへるの」を開き、「じゅすへる」の子孫は生まれてから一定後に「いんへるの」に落され、「きりんと」が来る日まで尽きぬ苦しみを味わうのだという。
若き考古学者である主人公は、そんな「はなれ」の里を地元のカトリック教会の神父と共に訪れようとしていた。神父の話では、この里も江戸時代に切支丹弾圧の嵐を受けたが、不思議なことに一人の殉教者も出ていないとのことだった。さて一同が村に着くと、何故か人の気配がない。一人だけ残っていた老人・重太に尋ねると、「いんへるの、いっただ……」と答えるばかりで要領を得ない。不思議がる主人公や神父の前に、妖怪ハンターこと稗田礼二郎が現れる。