14時間前に投稿されました
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新聞で「誘拐」を「誘かい」、「拉致」を「ら致」と書くのは、常用漢字表にない漢字だからだそうだ。日本人はそれくらいの日常的な漢字も読めないだろうと思われて、新聞社に馬鹿にされている。「炭疽菌」を「炭そ菌」と書かれては、「炭素菌」と勘違いしてしまいそうだ。二酸化炭素は炭そ菌の仲間なのだろうか。

 しかし、これくらいなら、まだ可愛いほうだ。「子供」の「供」は小学校で習う漢字のくせに、わざわざ「子ども」と書く新聞社や出版社が多いのだ。表外漢字どころか、小学校で習う漢字すら読めないと思われて、我々は馬鹿にされているのだろうか。

 実は、驚くかもしれないが、「子供」という言葉が、今、「差別用語」として、出版界や教育現場などあちこちから追放処分を受けているのだ。その代わりに、「子ども」と、「供」をひらがなに直した表記ばかりを目にするようになった。

 私の母校である地元の中学校で、創立二十周年記念の文集を出すことになった。母はPTAでその文集の編集に加わっているらしいのだが、「父兄」に朱が入って上に「父母」と書かれていた(「父母」の方が実態に合った表現とは言え、大袈裟に騒ぐほどのことでもないと思うが)のに加え、「子供」という表現はあちこちのページで朱が入っていた。噂には聞いていたが、この書き換えがこれほどまでに広まっていたとは。

 母に尋ねてみると、やはり学校で、「子供」は差別表現だと説明を受けたらしい。私は、それは一部の人の意見に過ぎないし、全くおかしな書き換えだなあと言ったのだが。

 いつ頃からこの言い換えが始まったのだろう。一説には、昭和二、三十年代頃と言われているが、羽仁説子という人が、『供』という字は『お供』の『供』、付属物の扱いみたいだから良くないと言ったのが始まりとされている。

 果たしてそうなのだろうか。明治二十二年に初版が発行された「言海」という国語辞典(私が所持しているのは昭和四年の縮刷十五版)で「こども」(こども)を引くと、このように書いてある。

こ-ども (名) |子供| (一)多クノ子。衆兒 (二)ワラベ。兒童

 なるほど、確かに、「子供」とは「多くの子」が元々の意味らしい。つまり「男共(おとこども)」が「男」に「共」を付けて複数の男を表すのと同じで、「コ」に「ドモ」を付けて複数の子を表す「コドモ」になったのだ。

 しかし、現代語で「子供」は「こ」+「ども」ではなく、「こども」という一つの語になってしまっている。それを示す二つの証拠がある。まず、「子供」と似た例に「友達」があるが、これも今では「とも」+「たち」ではない。一人の「子供」も一人の「友達」もいるし、複数形は「子供等(こどもら)」「子供達(こどもたち)」や「友達等(ともだちら)」である(逆に「男共等」とか「男共達」とは言わない)。

 次に、「オトコドモ」は「男共」と書くのに、「コドモ」は「子共」とは書かず「子供」と違う漢字で書く。このように、現代語では元の意味(子の複数形)がすっかり薄れてしまっているのである。

 つまり、「コドモ」の「ドモ」とは、元々は複数形を表す「ドモ」であり、後に「供」の字が宛てられたというのが、この言葉の語源である。なぜこの字が宛てられたのかは、はっきりわかっていない。しかし「親のお供という意味で供の字を宛てられた」という証拠は、今のところ出てきていない。証拠もないのにイメージが悪いからと縁起担ぎだけで日本語の日常重要単語を一つ抹殺されてしまっては、全く迷惑な話である。

 この点を指摘すると、さすがに「子ども表記原理主義者」も痛いところを突かれたのか、苦しい言い訳をするのが常である。“「子供」は連想による誤解であったとしても、誤解が成立する言葉をわざわざ用いることはないと思う。”などと言う。馬鹿げた言い訳である。“意味を誤解されやすい言葉だからいけない”のではなくて、正しい意味を知らずに勝手に誤解した方が悪い。そもそも、大抵の人は、「子ども表記原理主義者」に彼らの馬鹿らしい教えを吹き込まれない限り、そんな誤解などしていない。「子ども表記原理主義者」が勝手に妄想をふくらませているだけの話だ。

 さて、仮に百歩譲って「供」の字は親の「お供」を連想させるという説を認めるととしても、まだ疑問は残る。子供は本当に「供」でないのだろうか。「お供(お伴とも書く)」とは、ある人に付き従って行く人の意味である。子供はいつから親に付き従わなくてよくなったのだろう。子供が「子供」でなくなった時、それは「子ども」が親の指導に付き従わず、「人権」の名の下に勝手気ままな行動をして人に迷惑をかけたり犯罪を引き起こしたりする時代であり、それはまさにこの現代社会なのだ。

 話は少し脱線するが、この頃の「子ども」の漫画によると、親とは「子ども」を決してぶたないものらしい。「殴ったね!? 親父にもぶたれたことないのに!」という有名な漫画の台詞が、前にCMで流れていたが、子供を決してぶたない親父なんて、いるのだろうか。子供が悪いことしたら、ぶつくらい、当たり前だと思っていたが、違うのだろうか。(児童虐待被害者からクレームの付く前に補足しておくが、子供が悪いことしてないのに、言いがかりを付けてぶつとか、単なる憂さ晴らしでぶつとかは問題外だけど。)「古い思想だ」と笑うがいい。でも、子供を決してぶたない親父なんて、やっぱり、私には想像できない。

 誤解して欲しくないのだが、誰かが「子ども」と書いているからと言って、即、言葉狩り賛成論者と決めつけるべきではない。差別うんぬんという理由ではなく、(かつて当用漢字音訓表外の読みという理由で「友達」を「友だち」と書いていたのと同じく)「子供は宛字なので平仮名で書く」という方針だったり、「子ども、と書いた方が柔らかみが出る」という理由から、どちらかというと「子ども」という表記の方に親しみを持っている人も少なくない。私自身は「子供」表記を主に使っているものの、「子ども」と書くのは絶対駄目だとまでは言わない。私がむしろ問題に思うのは、他人に「子ども」表記を無理矢理押しつけることである。

 さて、この「子ども」表記問題に関しては、「はれときどきぶた」で有名な絵本・童話作家の矢玉四郎氏が「矢玉四郎はれぶたのぶたごや」サイト内で、より詳しく解説なさっています。参考にどうぞ。

 また、「子供」は差別語?(漢字家族サイト内)にも、この問題に関する考察が載せられています。

注:上記サイトは、あくまでも他の方の作成した参考資料であり、私の製作したものではありません。また、私がこのサイトの考えをすべて支持しているとか、支援関係にあるという意味でもありません。

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【閲覧注意】原爆にまつわる怖い話

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173: 本当にあった怖い名無し:2011/03/25(金) 20:46:02.99 ID:Are3xmPG0

 (三菱電機長崎製作所鋳物工場の責任者であった父を、兄弟でさがしにいく) 
 
めざす工場まで、あと100メートルというところまでたどりついたところ、
立ちあがった先頭の兄が「ぐっ!」、異様な
うめき声をあげて顔をそむけた。
肩越しにのぞくと、10歳前後の男の子が口一杯に白い束をくわえて死んでいる。 

それが死んだ体から、一斉にとび出した無数のうじ虫である、と気づくまでには、しばらく時間がかかった。 

あとは吐き気をこらえながら、夢中で死体を乗り越えて父の工場にたどりついたのである。 
見慣れた父の工場も焼け落ち、赤茶けて、へし曲がったスクラップの山に変わりはてていた。 
 
でも、破れた煉瓦塀越しに、数人の生きた人影を見つけて私たちは、
やっと生きた心地をとりもどしたのだった。 

 
「あのう、山脇ですけど、父はどこでしょうか」、兄がはずんだ声をかけると、
ふり返った人々の中から一人があゆみ寄ってきた。 

「やあ、ぼっちゃんたちですね」と答えた声も、期待通り明かるかった。 
「お父さんは、あちらですよ。笑っておられますよ」煉瓦や鉄くずを踏み越えて、私たちは指された方へ走った。 
しかし、私たちの前に現われたのは、笑ったような表情で死んでいる父の姿であった。 
 
「業火の原爆・屍の山」山脇佳朗 三菱電機労組編「ひしろう」 (「長崎原爆戦災誌 第ニ巻」P204) 



187:
 本当にあった怖い名無し:2011/03/28(月) 20:01:01.41 ID:HTNd55hY0
»173は続きがあるんだが、笑えるほど悲惨だ。 
ちょっと長くなるが、転載したい。山脇佳朗って人は文章もうまいね。素人っぽくない。 

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(出典: blog.livedoor.jp)

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太平洋戦争終末期に米国が日本全国にばら撒いたビラについて考えよう

この恐るべき事実は諸君が広島に唯一個だけ投下された際、如何なる状態を惹起したかはそれを見れば判るはずである。
この無益な戦争を長引かせている軍事上のすべてを、この恐るべき原子爆弾を以って破壊する。米国はこの原子爆弾が多く使用されないうちに諸君がこの戦争を止めるよう天皇陛下に請願されることを望むものである。米国大統領は曩(さき)に諸君に対して述べた十三箇条よりなる寛大なる条項を速やかに承諾し、より良い平和を愛好する新日本の建設をなすよう米国は慫慂(しょうよう)するものである。隨って(したがって)日本国民諸君は直ちに武力抵抗を中止すべきである。然らざれば(しからざれば)米国は断固この原子爆弾並びにそのほかあらゆる優秀なる武器を使用しこの戦争を迅速かつ強制的に終結せしむるであろう。
”即刻都市より退避せよ”

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太平洋戦争終末期に米国が日本全国にばら撒いたビラについて考えよう

この恐るべき事実は諸君が広島に唯一個だけ投下された際、如何なる状態を惹起したかはそれを見れば判るはずである。
この無益な戦争を長引かせている軍事上のすべてを、この恐るべき原子爆弾を以って破壊する。米国はこの原子爆弾が多く使用されないうちに諸君がこの戦争を止めるよう天皇陛下に請願されることを望むものである。米国大統領は曩(さき)に諸君に対して述べた十三箇条よりなる寛大なる条項を速やかに承諾し、より良い平和を愛好する新日本の建設をなすよう米国は慫慂(しょうよう)するものである。隨って(したがって)日本国民諸君は直ちに武力抵抗を中止すべきである。然らざれば(しからざれば)米国は断固この原子爆弾並びにそのほかあらゆる優秀なる武器を使用しこの戦争を迅速かつ強制的に終結せしむるであろう。
”即刻都市より退避せよ”

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SO HELP ME… I WILL OWN YOU.

(出典: kethera)

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negiwahu-loves-alice:

【雑学】日本SUGEEEEEE!ってなる雑学下さい。:哲学ニュースnwk
‐ http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/3967422.html

negiwahu-loves-alice:

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